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lonelygirl15騒動というのは、lonelygirl15という名義でYouTubeに投稿された動画群がネット界(YouTube動画)に多大な影響を与えたの騒動のことで、端的に言えば、素人の動画投稿だとみんなが思っていたら(その割にはカメラワークとか、編集とか、しゃべり方とかがうますぎたけど(笑))、実はプロの女優でしたというお話しです。
一例を挙げるとこんな感じです(多分これらのなかで最も見られた動画ではないかなと思います)。
□My Lazy Eye (and P. Monkey gets Funky!)
どういう経緯で作られたか知らないけれども、日本語の解説動画まであります。
□Lonelygirl15日本語解説
□マイコミジャーナル 2006/09/19 Yoichi Yamashita
【コラム】 仕掛けだったLonelygirl15、作られた情報に揺らぐネットの信頼
Lonelygirl15はYouTubeに設けられたチャンネルだ。両親がちょっと厳しすぎる以外は、ごく普通の16歳の女の子Breeが、ティーンエイジャーの毎日をビデオで語りかける。3カ月前から週2〜3本のペースでアップされているビデオは、じわじわと人気を集め、YouTubeのチャンネルランキング上位の常連になった。ただ、16歳にしては落ち着いて達者な話しぶり、ロンリーガールにしてはカメラワークが巧妙で、編集もうまい。Breeは作られているのではないかという噂が出始め、熱心なファンが「lonelygirl15」という商標登録をたどるなどして、ついにフィクションであることが明らかになった。以来、先週の後半から週末にかけてBreeを演じているJessica Lee Roseは、あらゆるところでインタビューを受け、トークショーにも登場している。
Lonelygirl15は、Breeがごく普通のティーンエイジャーだから人気があったのに、「実は19歳の女優で……」とか、テレビのトークショーで「ロンリーガールはもうロンリーではありません」とか言われると、Breeの言動にハラハラしていた人にはキツいかもしれない。実際、Lonelygirl15の事実に対しては失望や反感が目立つ。
□参考:lonelygirl15 - Wikipedia, the free encyclopedia
まあ、騒動といっても、かなり昔のことですし、非常に有名な話なので、今さら取り上げる必要もないようにも思えますが、そうはいってもこれは非常に興味深い話ですよね。
ブログとかもそうですが、この分野のサービスというのは、特にたいした設備投資もなく、全世界に向けて自分をアピールできる新たなメディアデバイス、新たな表現方法だということで、その草創期というのは、かなり人気で、結構、本当の「素人」さんも頑張っていていたように思います。
しかし、それが成熟してくると、(まあ、社会の仕組みからすれば当然のことですが)より強いもの(みなさんを積極的に引きつける何かをもったもの)に、収斂化、一極化し、そういう人たちは膨大な数の中に埋没してしまっています。
日本でも、例えばブログなんかでも、ブログの数自体はそれはもう数え切れないほどありますが、一日に1000PVを稼ぐブログなんてそのブログ全体の数からすれば本当に微々たるものです。しかも、ブログの読者というのは有名ブロガーにほとんどかっさられているわけですから、自分の考え、表現をしようと意気揚々とブログを始めても、誰にも読まれないことなんて今や普通なこととなってしまっています。
まあ、このこと自体は、そんなにおかしな話ではないのですが、ブログが誕生したその経緯というか、その存在意義からすればちょっと矛盾しているわけですよね。
つまり、「全世界に向けて、双方向のコミュニケーションができる、誰でも簡単に情報発信できる、新たなデバイス」とか謳っても、全く読まれないのならそれはウソだということですよね(笑)。
要するに、どんなメディアもそこで一定の評価を得るにはプロのパフォーマンスが必要だということです。出版社に持ち込んでも採用されない小説家が、ブログが誕生し、(自費出版という形で製本せずとも)容易にブログで自分の作品をアピールすることができるようになったからといって、売れない(読まれない)ことには変わりがないのです。
自分を表現する方法が従来より敷居が低くなったとしても、そのことにより新たにスポットが当たるのは、その分野で評価されるような人のすぐ後を追う準プロ集団(あるいは最前線の人)なわけで、みなさん一般がその恩恵にあずかるというわけではないのです。
そんな当たり前のことをわざわざいう必要もないとお思いの方もいらっしゃると思いますが、中にはそういうことに気がつかない人もいます。
「lonelygirl15」というのは、そのことを考えさせるいい機会だったのかもしれませんね。
現在では、私たちはこの考えを改め、「素人が評価が得られる時代になった」という幻想を捨てることが必要なときにきているのかもしれません。つまり、評価が得られるような人はもうすでに素人ではなく、プロ(の卵)なのだということを認識すべきなのかもしれませんね。
もっと大胆にいえば、「素人が評価された(ようにみえた)」のは、そのデバイスの草創期に限ったお話しだったんです。
クオリティーの高い内容のものと低いものがあったとしたら、高い方が評価されます。クオリティーというのは、とどのつまり、その分野での技術の高低ですから、その差というのは、結局、素人とプロを分ける指標のひとつなわけです。
これからはそういう視点で物事をみて、準プロな人が新たにチャンスを掴む場ができたと認識した方が分かりやすくていいのかもしれません。逆に、そこまでの努力をする気がない、またクオリティーを高められない、ちょっとした気持ちで参加してみようと思った人はそういうデバイスに参加しても、評価は得られない(その作品を人に見てもらうことができない)ということを念頭に参加した方がいいのかもしれませんね。
□CNET Japan 文:Caroline McCarthy(CNET News.com)
翻訳校正:緒方亮、福岡洋一 2007/08/02 19:39
MySpaceTV、「Lonelygirl15」の「シーズン最終話」を独占放映:ニュース
2007年6月の開設以来、コンテンツ契約を次々と行っているMySpaceTVは8月3日(米国時間)に、Lonelygirl15の「ファーストシーズン」最終話を配信する。しかし、話は少し複雑だ。最終話は12分割され、米国東部標準時の午前8時から毎時ぴったりに放映される。Lonelygirl15のエピソードはシリーズの当初から、MySpaceに設定されたLonelygirl15のページにアップロードされてきた。ポータルサイトのMySpaceTVでしか観られないのは、今回が初めてだ。Lonelygirlはけっきょくのところ、YouTubeの大人気スターでもあるわけだ。
そういう視点で見ると、いま流行りのニコニコ動画も同じ種類のデバイスとして、そういう方向でその文化がだんだん成熟化していっているように思えます。
つまり、みなさんに視聴されるような動画というのは、どれもクオリティーが高いものばかりになりつつあるような気がします。
「これ、相当時間かけて、凝って作ったんだな」という動画でも、その最前線のレヴェルに劣るものは容赦なく視聴者の厳しい判断が下っています。製作努力に思いをはせ、再生数が30とかいう動画をみると本当に泣けてきますよね。
私は人の評価を得るというのは大変なことではないかと思います。
素人でも誰でも参加できるからという理由で、「プロ・アマ」を分けるのはもはや時代遅れなのかもしれませんね。
今の時代の「プロ」というのは、人の評価を得られる人のことをいうのかもしれません。
そして、自分がプロであるということを意識してその物事に取り組無という風潮が育たなければモラルハザードを招きかねないですよね。
あれだけ人を集めておいて、「自分は素人だから」で逃げることが許されなくなってきている時代に突入しているのかもしれませんね。
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