今回は、そんなことについて書いてみようと思います。
(続きはこちら)
「「いいものを作れば売れる」というのは正確ではない」とはどういう意味かについて、まずはじめに説明したいと思います。
この考え方は(いろいろと意見があるでしょうが、大方は)
「売れるもの」→「いいもの」
という考えに基づいています。
それはなんというか、ある意味間違っていないのでして、「売れているもの」というのは優れた品質のものだと普通は考えることができます。まあ、確かに、必ずしも「それが一番優れているものだ」ということはできませんが、「売れているもの」というのは、それなりの根拠があるのでして、その「一番優れているもの」に劣るにしろ、ある程度の品質の高さを評価できるのが一般的です。
もし、仮に、そうでなければ、我々の大多数は審美眼が全くないということになります。すると、人間は合理的な判断に基づいて行動することを前提としている経済学の理論はことごとくその前提を失うのであって、そうだとすればそういう言説には懐疑的にならざるを得ませんし、また、私たちの実体験を元に、現実的、客観的に考えてもそれはおかしいと気付くはずです。
※私たちは、いつも、役に立たないものばっかり求めているのではなく、普通は数ある中から優れているものを買おうと行動しているはずですよね
ここでは、仮にこれが正しいとして次に進むことにします。
前にも少し話したと思いますが、論理式というのは、「逆」は必ずしも正しいとは限りませんよね。
[論点 17] 一握りの成功者が「頑張れば夢はかなう」というのは傲慢だ
ですから、この論理の「逆」である、
「いいもの」→「売れるもの」
は必ずしも正しいとは限らないということになります。
これは先ほどの例と比べて、反証をたくさん上げることが可能です。
例えば、ブラウザでは、IEがシェアを独占していますが、ブラウザギーク(少数派)の多くは、IEが最も優れたブラウザとは考えていません。そして、それは客観的にも正しいと(少なくとも私は)そう考えています。
つまり、品質が最善なものでなくとも、多数派を形成することは可能だということです。
ここがポイントですね。
また、「いいもの」→「売れるもの」が成り立たないからこそ、ギークと素人の間にいろいろと軋轢が生まれることもあります。
ある腕時計フリークは、「「ROLEX」なんて最高時計じゃない、高級時計といっていいのは最低でも「PATEK PHILIPPE」クラスを超えるものだろう、常識的に考えて…」という人もいますし、「Bon Jovi」なんてロックじゃない、あれは商業ロックだ、という人もいるというわけです。
つまり、だいたいのものというのは、マニア、フリーク、ギークに支持されるものと、一般的な人に評価されるものとに分かれてしまうということだと思います。
まあ、これはこれでそういうことがあってもいいともいえるのですが(ギークだけが最高品質のものを享受する)、それでいいともいってられない場面に出会うこともあります。
つまり、利用者が少ないから、その後の発展、進展がとぎれてしまうものもあるということです。要は、品質に比して、(外聞なくいえば)お金が入ってこないから、廃れてしまうこともあるというわけです。
これには、他人のことに関して無関心なギークも黙っていられないというわけですね。せっかくのいいものがなくなってしまうわけですから。
さて、では、なぜこういうことになってしまうのでしょうか。
それは一重に、「人間は合理的な行動をするが、すべてのものを判断し決定しているわけではない」からだと思います。
例えば、私たちがPCを買うとき、この世にあるすべてのものを比べてものを買うということはまずありませんよね。それは現実的ではないからです。だいたいは自分が探してきた少ない選択肢の中から、その中で最善なものを選ぶことが多いはずです。
だから、ムラが出てくるわけです。
つまり、どんなにいいものであっても、各人の選択肢として選ばれることがまず重要であって、その選択肢の中に入らなかったら、どんなにいいものでも選ばれることはないということに気がつかなければならないということですね。
そして、それはつまり、「マーケティング」というわけです。
(特に日本人に多いのですが)マーケティングの重要性を軽視している人が多いように思えます。それを軽視して、「いいものを作れば必ず売れる」というのは、ただ迷信に過ぎないということに気がつかなければなりません。そして、それはただ行えばいいというわけではなく、実際に成功しなければ話にならないのです。
※要は、もっと惜しみなくマーケティングに、アイディア、人材、お金を使えということですね(笑)
さらにいえば、そういう態度をとっている(それに失敗している)最大の被害者は、(先ほど説明したように)もしかすると、それを支持しているギーク層なのかもしれませんね。それを補うために、何の利益ももたらさないのにもかかわらず、応援しなければならないのですから(笑)。
ということで、ユーザーの応援を受けている「もの作りの人」たちは、その点を見直して欲しいなと個人的に思ったりします。
おまけ
まあ、そんなわけでひとつ仮に応援してみる。
□ATOK 2008を買ってでも使うべき“10の理由”

私は、これは(日本語を扱うのであれば)必需品だと思うし、(日本語に関しては)最高峰のソフトだと思うのですが、みなさんはどうお考えでしょうかね。
やっぱり、これを使うのは、昔ながらのユーザーだけなのでしょうかね。
驚くほど便利だと思うのになぁ。
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